聖ポール天主堂

聖ポール天主堂跡(マカオ観光案内)

聖ポール天主堂は1637年に建てられたキリスト教会で、当時はマカオのキリスト教布教の中心でした。
しかし、計3回の大火に見舞われ、1835年1月に起きた3回目の火災で現在見ることのできるファザードのみを残して焼け落ちてしまいました。
伝えられているところによると、兵隊の保管していた焚き木に引火したものとされています。
火災に残った石造りのファザードは、精密な彫刻が施されており、300年以上の年月を経た現在でも、鮮明にその姿を楽しむことができます。

聖ポール天主堂は、西洋建築ですが、東洋的な要素も多く取り込まれており、例えば、左右対称に配置された彫刻は、中国の古代建築の大きな特徴のひとつです。
また、ファザードの3階部分には、漢字で書かれた「対聯」(中国で門や掛け軸などによく書かれている対句)が刻まれています。
右側には「念死者無為罪」と、左側には、「鬼是誘人為惡」と書かれており、通常の対聯に見られるような意味的な創意工夫や美しさもなければ、押韻などの音のきれいさもありません。
これは、キリスト教の教義を異国の民に訴えかけやすいように、あえて中国語を用いて対聯にしたために、無味乾燥なものになったのではないかと思われています。
いずれにせよ、キリスト教の東洋進出という時流が作り出した、中国と西洋の融合の産物だと言えるでしょう。

他にも、ファザードには、多くの菊の花が彫り込まれており、これは、暗にキリシタンの迫害を逃れて日本からマカオにやってきた日本人の存在を示しているといわれています。
日本からの「キリシタン難民」が、当時のマカオで教会建設の重要な担い手になったという訳です。
他にも、王冠の前で2本の矢が交差している彫刻もあり、これは、殉教を象徴しているという説があります。
王冠は、殉教者のしるしであり、王冠の前の矢というのは、勝利をおさめつつも殉教したもの象徴と解釈できます。
聖ポール天主堂の完成した1637年は、日本ではちょうど島原の乱(天草四郎の乱)が起きた年です。
こう考えると、マカオと日本は非常に強い歴史的な糸でつながっているようです。

アクセス

徒歩:
セナド広場から聖ポール天主堂までは、人の流れができているので、迷わない。セナド広場(市役所前)からの距離は400mほど。(案内看板あり)

バス路線:
2、3、3A、4、5、6、7、8A、10、10A、11、21A、26A、33
→「新馬路」下車,セナド広場を通り抜けて徒歩10分程度。
17、18
→「白鴿巢總站」下車のち、聖アントニオ教会の右横を通り抜け花王堂街を進む
8
→ 「鏡湖馬路(大三巴口)」下車
8A、26
→ 「白鴿巢」下車のち、聖アントニオ教会の右横を通り抜け花王堂街を進む

営業時間・休日

営業時間:指定なし
休業日:
なし

料金

無料

タクシー用行き先カード

聖ポール天主堂カード


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